人生×穴井健一氏
木村:宜しくお願いします。
穴井:宜しくお願いします。
木村:どのような学生時代を過ごしましたか?
穴井:学部時代の4年間では北方キャンパス(主に文学部や経済学部などが集まるキャンパス)で陸上競技部に所属していて部活をずっとしていました。大学院では建築や都市に関する勉強に加えて「まち」によく出るようになりました。
木村:そこで学んだことは何ですか?
穴井:学部時代に部活をやっていて良かった事は建築学科に収まらず、文系の学生と話す機会を多く得た事ですね。自分の大学はキャンパスが二つあって、工学部だけが若松区にあります。陸上を通して工学部以外の学生と多く接する機会があって考え方が違う点がたくさんあったので色々な発見がありました。大学院では「まち」に出るようになって、色々な分野の方々と直接会って話すようになったことが大きかったですね。
木村:まちにでるという事ですが、やはりトニカの存在が大きかったですか。
穴井:そうですね。やはり、自分にとってトニカの存在は大きかったです。今まで限られた集団の中にいたけれど、団体をつくるとより多くの人が集まり、色々な事を外部に伝えやすくなったと思います。また色々な人に出会えて、様々な価値観を知る事ができました。
木村:そのような体験を通して何か考え方が変わった事はありますか?
穴井:大学でやることは座学中心で実際の私たちの生活にどうつながっているか見えてこないところがありました。けれども、実際に「まち」や「人」と直接関わらせていただくようになって、これまで学んできたことに少しだけリアリティを感じるようになりました。例えば、メールの返信一つにしてもそうです。メールを自分よりも年上の人に送れば相手から丁寧な文面のメールが返ってくる。メールってこうやって返すのだと学んだことを今でも覚えています。北九州では色々なことを教えてくれる親切な人が多かったので、より北九州のことを知れたのだと思います。建築という枠組みではなく、北九州という「まち」を面白く感じるようになりました。
木村:北九州の良さは何だと思いますか?
穴井:やはり、コンパクトであり、アットホームな「まち」という点だと思います。実際に「まち」に出てみるとわかると思うのですが、仕組み一つとっても学生が動きやすい場所だと思います。
木村:穴井さんは大学院を修了されてからは中国の上海に就職されます。北九州という地方に良さを感じる一方で上海での就職を選んだ理由はなんですか?
穴井:建築を新しく建てることが必要とされる場所に興味があるからです。日本は昔、人口が増えて建物が足りずに大規模な建築をつくることが必要とされる時代があったけれど、それを体験できるのは今、世界の中で中国かインドなどの経済が発展している場所しかありません。だからこそ、一度そういう場所に行きたいと思いました。人生が80歳としてそのうちの20代は何でも試せる時期だと思っていて、体力的にも1番勢いがある時期に自分がやりたい方向に行けなかったらもったいないと思いました。
木村:上海も今は新築が多くあるけれど、日本も含め先進国が縮小している流れを見れば、いずれは上海も日本のよう縮小していくと思います。その中で建築を新しく建てる必要はないと考えています。そういった状況を踏まえ、敢えて上海にこだわる理由は何ですか?
穴井:建築は実際に建てようと思うと、創造される時代には逆らえないものだと思います。日本でリノベーションが叫ばれているのもそういう時代だからだと思います。その時代の潮流は国ごとで異なって、いずれ上海もそうなるかもしれませんが、今は違います。僕は大規模な建築を最初から最後までつくれる所にまずは行きたいと思いました。今、日本でリノベーションを第一線でやっている人達もかつては新築の建物をたくさんつくったり、そういった時代背景の中を生きてきた人たちだと思っていて、そういう時期があって結果的に今リノベーションというものに行き着いているのだと思います。これから新築スタートではなくリノベーションスタートでやっていく人が国内でもたくさん出てくると思う。でも僕は実際に大規模な建築が建つ意味や、それが必要とされている社会状況がどういったことなのかを純粋にそこで生活をしてみて、まず知りたいと思いました。それは今の日本では体験することがなかなか難しくて、これからも日本国内でそういった機会が増えていく事は想像し難いです。それを経験した上でリノベーションがやりたいと思うかもしれませんし、異なった用途の新築がやりたいと思うかもしれません。今、たまたま自分の興味がそちらにあったので上海という場所を選びました。あくまで結果的な選択です。
木村:穴井さんは根本的に、芯ではどういった生き方がしたいですか?
穴井:まず、自分に嘘をつきたくないです。自分で自分に嘘をつくのは一番苦しい状況だと思うので、自分に正直になる事です。今回の決断も今までの自分の経験の蓄積でそうなってしまったと思います。自分が経験してきたことは事実であり、逆らえない事です。それは個人それぞれの経験で異なって、選択を迫られた時に掴み取る最後の一方向は自分の鏡のような気がします。それは自分が置かれている状況で選べるものは変わってくると思うけれど、自分はたまたま選択肢の中に上海という場所があったので、忠実にそちらを選びました。
木村:でも、自分に忠実になるって難しいですよね。
穴井:自分のことを自分で知らないという事は多いです。だから、「好き嫌い」をもっとはっきり持って良いのではないかと思っています。「まあまあ好き」はたくさんあっても、本当に「心の底から好きなもの」は多くの人が案外自分でもよくわかっていませんし、いくつもあるものでもないと思います。それ知る事が結果的に自分に忠実になることに繋がるのではないかと思っています。場面ごとで自分がどう思うかというのと周りとを比較して考えられるかが大切だと思う。自分も何が好きなのか分からなくて、場面ごとに何回も感覚的に選択していって今の就職先も決めました。就活でよく自己分析があるけれど、学生生活の中で自分にとってこれは好きでこれは嫌いと考えられる時間がたくさんあるはずです。そういった事を普段からやっていると機械的な自己分析は必要ないと思います。それよりも自らの経験を踏まえて自分の好き嫌いを知っていることがより自分に忠実な自己分析になると思います。だから、色々な事を実際に経験するしかないのかなと思います。
木村:穴井さんは東北大震災でボランティア活動に参加し、いくつかの設計コンペやコンクールで仮設建築の提案をされていますね。東日本大震災に対して何を考えていますか?
穴井:阪神淡路大震災の時、自分は小学生でテレビ越しに見ていました。その時の映像は衝撃的であったけれど、自分が小学生だったこともあってか、テレビの向こう側で起こっている出来事だという印象が強かったと思います。今回の東日本大震災はツイッターやSNS等でリアルタイムに情報を知る事が出来き、そして九州も少し揺れました。そして、大学生なった自分は今回の震災が発生して、自分には何ができるのだろうと考え答えが見つからないまま、衝動的に東北に行きました。その時、今行っておかないと、その時の状況は分からないと思ったし、この事実を体験として覚えておかなければいけないと思いました。実際に行ってみると今までに経験したことがない世界が広がっていました。現地に行った事で、現地の人がどういう心理状況なのかを実際に聞けた事や映像として伝わらない臭いや空気感など知り得た事が大きかったと思います。震災によって色々なものが崩れました。それは街だけでなくて制度の問題や生き方・働き方にしてもそうだと思います。やっぱり、日本は地震国なのでいつ地震や津波が起こるか分かりません。それは明日かもしれません。だから自分がやりたい事をやっていないとすごく後悔すると思います。自分に忠実であるというのは結果的に自分や周囲を大切にすることに繋がると思う。東北に行って現地の方に『生きとったら何でも出来る。死んだら何も出来ん、だからできる時に、やりたいことやれよ。』と言われて強く胸を打たれました。現地の方は家族を失っているのに、僕のことを励ましてくれました。そういう事もあってか今まで以上に何かを選ぶ時に自分が良いと思ったものを選ぶようになったと思います。
いくつかの設計コンペで仮設建築を発表したのは昨年の3.11以後、実際に被災地のボランティア活動に参加し、自分の無力さをとても痛感し、お金も技術もない学生である自分は何ができるのかということを考えた結果、建築を学んでいる自分はアイディアを公の場に出してそれについてみんなが意見を出し合うことが次にもし震災が起きたときに大きな役割を果たせるのではないかと感じたので出展しました。特に九州の学生は被災を経験していない人が多いので、会場へ来ている人へもう一度、震災について考えるきっかけを与えられればと思いました。
木村:これから「まち」をつくるうえで大切なのは何だと思いますか?
穴井:人とのつながりが大切だと思います。それは表面的なものではなく、しっかり相手を理解しているという次元で。今までも大事にされてきたのかもしれないけど、今私たちが生活している都市の外形がつくられた時代は第一ではなかったのではないかと思います。人のつながりよりも効率や経済面など商業的側面が大事にされて街が造られてきたのではないかと思います。でも、今回の震災で明らかになったのはご近所同士や隣同士といった人達がいかにつながっていくかが大切だという事です。Facebookやtwitterから始まる表面的なつながりではないつながりをどうつくるかがポイントになってくると思う。そういったまちづくりが大切になってくるのではないかな。
SNSはつながりを作る起爆剤や、既に知っている人同士を繋げるツールにはなり得るけれど根本的なつながりを生み出すツールにはなり得ないと思う。画面上でなく実際に会ったり、話したりすることがまずは大事だと思います。あくまで、そういった点を助けるためのSNSであったら良いと思うけれど、SNSがコミュニケーションすべての主軸になったら少し違うと思う。
木村:最後に学生に一言お願いします。
穴井:自分が心から好きだと言えるものを見つけて欲しいです。大学の4年間という長い時間をかけて自分が心の底から好きと思えるものは何かを見つける作業が大学でやることだと思う。それをやるためには色々な事を経験しなくてはいけない。色々なものを見なくてはいけない。色々なものを体験しなくてはいけない。だから少しでも興味があったら積極的に行動して下さい。面白くなかったらやめれば良くて、面白かったら続ければ良いと思う。それは変な義務みたいのものでなくて、趣味みたいなものでいいと思います。それができるのが学生だと思う。好きなことをとことん探すことは現状の自分を知る作業だと思う。もしかしたら、社会に出て色々な事を経験して好きなものは変わるかもしれません。その時はその時でまた変われば良いと思う。また、決めれば良いと思う。好きなものが変わっても常に自分の好きなものに関わっていけたらそれは幸せな人生だと思います。
聞き手=木村圭孝
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穴井健一氏
1987年福岡県生まれ
2010年-2011年北九州建築デザインコミュニティtonica設立・代表
2012年北九州市立大学大学院国際環境工学研究科環境工学専攻修了
2012年4月より上海の建築設計事務所に勤務
主な受賞歴
・Busan international architectural design workshop 2008 1st prize (共同)
・Climate change balancing adaptation and mitigation in Thailand 2011 1st prize (共同)
・第17回学生デザインレビュー2012 in Fukuoka 優秀賞 など